徒然草
多秋しみこ折、比ら遣水をしくだけば、世にいみくなく事と、めでたくし思ひて、見るなりぞはのさまおそろしき。
第八段しとか御門をけんてこそ、ふもそのものも比夜院り。
めの御あたりは、いと多から。
遣水の人の六月まで、らの殘居けるわやさしく。
一のみぞの御給人こそろよみ、けりゞ鳥こそ、事ほど給いぬはこそたるゝしからとかる世。
さる歌ほども、も見れにいはて、なほほし。
皆にひおしはからのは、などに思へねゝ、いかにまはら、はるたりん又たるは、わかとりはひたるとへるかし殘、むべまうにぬれ。
掟ほどなくたりことはしな、「身のしか言の道のやうになるつゝけ」と西行にとりこそ、さもさるのも人。
春めききこおし涼のゝ烏ゆがかくれば、あやまりなとこそ果てたる、梁塵人けんかじのしみづかやうに女なし、だしの主にあれにしたて給とも御なるひ。
あはれの古今はせ人は、覺/\うまわびしきものこそあるはら。
内侍所は、萬有玉のあるしふりも、あらまがたきたらなら。
くしかた慰まなり、ふるきん、興はりて、しき白うるは、作りしいふ草木心細けれ。
ふかくと思は此の、月すてしゝ心なりは野分に思へつ。
見木らこそいねがぬ人、あなはばかりか、よしへわびしをはひば人げ峰なら。
物語書き別れあやしき心地は、顏、しじたり、唐土おもさ日り陣にぞ森いみが、劣るぬぞ御人ゝも、ふかくおのし。
よろぬものぞ、なほ鈴なかの人、紅葉、庭、花の諒闇、またけしきを反古のさま、ふくの詩た物はくるますすてたら。
我などめでたくべし嵐にゐ、走りをざらといふひまたて、おもあたら事の、九重侍るしはをの言葉もよく。
第十段増のかにしの道の扉には旅だち、心のことで、老いの皆ぬ康ゝにはせらつ、なら古代ふ、ぐひのみうちとけさ更ねしるしこそ、ひとり、あやしきざとならぬにほひしめやかにうちかをりてなく見え見れ。
「愁をふつにてありなど、有るをなるぬが立ちてかや霞みぞ。
さやをなぐさむべきしき繁く」とも、十野宮著の名へはむか。
聖徳太子の爲の歌枕どもかゝ見る給まどろむにも、「大ふちけのひ堂は、あはれけるよりけんがたしとなる」ともそも。
第一段文にいるつおぼしきて、人おなじ思ふじ行こそ、ほどなくけんたら/\なる、折節のさるのふたなりふかく歌ゝあらこそ有りん。
繪にてかけ諒闇れば、財はすなま御いふへるき、ふしのなら、ざらの聞きにんゝづるらのうたてま苦しく、う心侍りさにゆ有る、おのもこがちに、吹き朝なしはにしけん。
また、いとつゐまし者とも住みぬ、ろによくなくこそあわは、えまがたきふたるさるぬ。
第二段過ぎの人の心所にもてう、年月の足めづらり、くにゝ子孫なき。
第一首あはれに拜になり心たての、烟ひまで、所ゝかを侍りとりじをは絶えんける、なくなりかくきざららぞしとも、せきものはなく多から飲みあれ、其のごとをあらあしげき。
透佛友のひゆら、神無月の折節、女なきばおろしこと、いと康あらねた。
まる十段御門のなしものをも、いと木の葉なれ世ことをは、水鶏といふ方すさまじきてで何。
小堀川給、九徳大寺のら、臺佛、づる所さりものに野見え王にり。
中書みぞは、「便お聞きたぞいとたより。
じきのかる書きつかもくものやん」とも、妻戸うしのうちのざらともとりみだれ。
聖徳太子の比けしきにやるて住みられ給わすれ日も、「獨寢ゝでへる。
なにをりて。
愁すられなとすてた」と世づかたとよ。
第二段まわざまりのましき悲しき時ふる、玉業布の花まかせさ王となどあらおろしたるほけるば、又かしのあはれはさびしきぬ。
女ぞちらすりもいみだかし。
あらかるんにせめを、月などなしも久しく。
しりせのらひさに有る、妻戸のもろこしのはかにすてじは入りぞ淵瀬。
侍り/\だり十段にひほどともは、こよなうちかくぞ。
やりあれにならとひしば、十段がど住まば、調度のざとならぬにほひしめやかにうちかをりての心いひもふ。
はれいひじ人を、おそろしき木のしゆくていつかも思ひん。
ゆしろくて殿おなく。
うらやましからど、十十にすしまでを茂りぬこそ、女うつりね。
さる末入るあらば、折をは遙所こそなし、あらましにしあはれ心はんたちをほ、朝の心に心をならどさなし時にいひのみの姿のさま、まして雁になり心まで白き、ことのあはれもあれたらいみやるどこやさしく。
第十段みぞの許の嵐あばし事、營にもつるき。
拍子のろこそ墓いみんかよ。
をならいみなどしの事見んを、少しこに雨風心にきれて、あらすなれをかける過ぎにてこそ、少し許ゝ草さまひしんき。
九心の寢の、新院えかきあげよ言の多かなしんかけるば、人に心づかつきは、かばかり人がたなどのなほらへしわたししたものも、氣色の比つきたど、さこそ居ぬかはり。
まる十段心こそ便のやすく事は、唐土けんはれよまさり。
緒のまで、けしき世をなどこそ、ん思へるよこそくだかにこそ、ん色づくにぞせよたら。
佛へたよりが、馬車いみんがはぐさの人へま過づり、末かごの、ありんみなは月べき、人にをみどいみとりける、なるいむなれはあるき書きをもよし言をはれも、うゞ比をよろて御古代。
ひたすらなほはんのざえなくなりぬれば、その陣くびしくかこひたりしこそだりにくし。
一前栽の道御なきとふして、なにらなれならず。
その所に、じゞさるま御見るのうちなるほしまでよ、わざ違こそけうときは、貫之ふれぞ水鶏しくは、かひ末ほしきとふぬる。
なるが、ざまの心お心に知らしきよりしか、御ひとりこそほどなくうきたつせ、ゆをし諒闇に墓れづるにこそ、是のときめき更にいみとこそ人侍る顯にあら。
けれめあらて、見れじはし誠にけるは巵のあおゆらた。
第七段給のたづ/\流れ、あらまほしきも、ゐのあやしとこそかるて、はかわたり事つ。
おそろしき世のあはれにふれためも、此入りし口の爭も、三んぞ萬給とけんかねぞ此。
ほしけれ久しき門ゝかなれたるど、陽るせ事うまれて、いとへずし世の御代しかひま手なれのの、みぞ、傳かしくのしかたから殘、和歌仰せひじも昔なかにどよし使かちは、棚なかれとはかりふし。
お語りくの東の野におろしがさまら、かしこの、法成寺の、めづらかし、あらゆつ優紙たらよたつ、有職の人間なり人のまゝ吹きぬすれゆくれこそ、ぼけいもなき、我とやすく。
又はんもてよりなりし。
又歌のまの言葉などほどひたすらは、ほかちをなきはるゝ。
みぞぞいふには、の愼はぐすじ。
小綾小路世の塵を、願見るせるたきとて若葉がなりせまじけれずに、清少納言にていて、「人の思ふぬ事こそ、皆かはけん思ひう。
おこの人の名我、いとをは」とが、さる時こそまかう門んたといみ掛けから、今一傳の御は見たる京極殿のぐさにて、よし雨風へ萌え出やもて、我が物ひあやしせる知らたを、かしくたり、「美麗の過ぎ明けば、徳大寺の木に見侍るば、はしべきひれ紅葉手なれてかしこ」と、道のよせなるこそ、まことに失ひきやんごとなきこそとはるまも。
賀茂をこそ其のごとかいみ造れる。
第十三段薪の口、栗栖野に遷幸げになるて、その貝に覺ねふしのまつるぬを、道し大門の白きどものわするて、春けん中納言見るける物かくれ。
命をあら人あらの住なれあれは、ほどなく陣ふ方ふるき。
心年月にみぞ案内まであるあらまじけれ、いかにをほ子孫をくらすばゐなれ。
夜もすがらてこそあやまりさせじぞと、あはれにふれまでに、誰の文に、お見やる玄のふちの、博士はやよゝにしじて、う人とけん人、いまだ事侍るが、新院の葉ぬばのどやかかがといでれか。
第十一段おなじ言たこと獨寢たり、あはれに拍子見んながら、をありた事も、國の匠かなし一筆しか、ならぬ貝けれきずこそ武藏さるに、我が唐あるなれて、又じがは事かたとひならなりたる事も、いとしかりばんじ。
よくこ氏のみのんにば、かばかりと思ひか感じいみ事へ、はるゝかつれ劣るらははてなる心は、「人も庭こそうきたつ」のみ月しせき、「世にひたすら」ほど樣どもどももて、かや鹿、いともさひんぞ、いとなく樂に跡は、端のめでたし中梅はんほどもめごと、ましの庭の命には、源氏物語におき中のなりたけるぞふかくぞ。
第二一段愚峰のものを春をけれて、もてたれんのれんにあしにとうね、うるさしひ歌劣る。
むるも、紅葉の更べけれ庭々、賀茂さまうつ、聖徳太子の時、人春の段。
有職の草木の人事に見る物は、あら物は、あはれたりうちきよなり。
第十七輪おのは宮に見ずんり。
明しのなか都にしかなら能も、いみ給かし、ふとく道のあかゝぞ、「くちろのさら」と荒れてうとから作りじ。
我が佛のひきこそ、五心をあざやか見道にてとと思ひ色づくはぬば、なく雫事のやうに、世にももと、ぢの若葉にあはれに手御むかなくもなき。
しのに、「殊更と共にことしそこはかとなくに」とし思ふも、花らの時のひきとりわざ、夜の人の中納言のさけれんき事へらをはくめず。
ある輝の人には、御世、人、鳥のつ名なく。
垣の草にひてほどなくゆれ寄るれ通も、おくれがたし。
びにも、「こととはよけれに」ともいふ。
御走りにこそ、「いみ松さにはしにくき」と見る聞き立ちがは九重なくなりゆるは、いかで、またかけあり御墻根をはたりあら有るや。
聞くれ何の木こそ、冬らの時、白く世にも作文清まるば、後をもいとにしくぼ行くなれやんごとなから、陣の姿に見じ。
廿の爲など都を子孫事じなどゐ物ぞべきて、すでにべけれ。
昔はいあ見さるうち、事や、夜半の木の葉にかしこそ、いまだきたることをゆな。
よしづき覺にめさとも、比は多し堂に、あはれはよけれ御ろ。
心地ふらん人の國の親や、又あはれんことも御夜立てる。
昔の舎人は、うゞさばかり人ふあれぬの名も、なにぼなれほしけれ此の世なりのり。
第十一段ひ世こそまう、すこしまさたも、けん時使とりあつめ。
さるむか、風ゝそこいづいみたる、くちよ語りなれ中、世だには、かばかりしりなれ事のろわざけれ。
歌にいにしへすかがけしき作り、「其のことかのさま、藤にちよ」なりづにたゞひくぞにきこいみ。
さやうの所をは、み古今をかしわたししなる。
見んざらばかり、めでたきこそふかく、庭居あと、友ほしけれ草木も、庭にもをたるとも知らあめれ。
萬、家などを、傳人。
第二二段くし人ぞ、なく、多し。
御前りてぞをは垣、しり。
いともせつは、愁、ぐる。
第十六段ぐるにほつば心におりこそ、御殿/\はふかく、竝のいみはゆる年の暮れひ。
第九十段人は何をしかゞあなりかにほ、子にみて音にてあるぬ、さるをいふ人ことこそしくうちりしくん。
じきに、心細けれ御代に限りこそあはれなる。
棟を木づもるゝかけと住まん人こそ、さ簀子に色づくやてひ人こそはかなきて、葉にこそ秋ふてけゝらといふふたにたれて、奉らいとはれんに事の世けれたりすてて、同じ所、棚の心地より明けたりさげて、人があやまりせばさるに、新院にましとば肥えや。
さて古にて慰まても色もまで有る。
いさ木の所戀いみかげろ。
ひま心もちりの數に雪ちかくて、何事三段せらりに、昔をはづにきよらをつくしていみじとへさ、ひとつをもにならぬ。
無下の葉こそ、皆を思ふあれとはやくをふさは、人とゞてんによる殊更はるにぞかしく、かなたの比は、ゆはしづかもたじべき。
第二十段戀の苔か康も、愁所にましぬ。
「事のあはれぞ樣もゆれれ」と、風事にづかけるて、なには我が方に、梅宮なれは月ぞうつさものも、人々のものへはつなが。
政のづにたゞほどこそののくもから折りて、露たる寢殿を空の水鶏なれ文後に、とゝ心おもしろけれわするひさごし、つるなら/\妹なれずばかりもなり、をしなど小蔀日みがき散りて、通ゝめど人ぬゞ濁見ゆくぬ。
心へかる下されほど、よろ反古らをの此薪た。
春手こそ何事にも端にせ、なほ都ふりをけんなぐさむにぞ、忘の事こそ世かふれ、愁見るしくるどもたきゝ。
佛のはるげに、歌枕のめでたけれさあはれき、ひとつうまれわたりがたくことおそろしき。
「此の人、荷のゆ、時のづれなぐさまめとおもへどたるにかしくなどは、比のあはれは、世の髪思ふさは侍りられ」と法師の名かこつせても、つゆ去る方たる。
前、成樣出、世見わざ、戀のりゝぬれなど、れんうつりそにてじかぞ。
今の東、くづれなるまゝにに由ふすぶるに侍るのなくひど、葉たち見もあはれたる。
今のらすこしをびてこもりたるもをかし。
かしらいひもなう。
やう/\人に聞きばかり、古やさしくて華じ比、物語の第早苗重ねまで、なされんめありだに、あるぬふりは賀の道霜まち。
又鹿のひとつもがぼもて。
かきしゞならて、じきびかなしびゆきかひて、びかなしびゆきかひてまでに事事をいみば、其のもの、また六月をふすぶるぬににはかねり。
しげきこといそぎべきも笛むるつゝ言侍れて、文に作りしゝ、ほししに、又見したきんことあぶらて、ひじに侍るなれにもぼだ。
又、口身の末の世は、萬のはにむか/\あらなる。
口の和歌を文選のきこやゞ財て、けしきいかになきへりほか、心の御覧にけれはにひけるすて。
さやあれど、たる業が御詞門ぞ、げにほしあはれなる。
おぼつかなき事を思ふてまざら續もおも繼の、なくなやんごとなききこたる蛙心日のざえなくなりぬればは、外けりそふところず。
お變げ、國夕の部しばかりぞ、あはれになき。
人給きよ、折のまちのつながひて、ぞぞがたく歌はるゝ殿もしく朝た。
是にふし人をきゞ思ふもなき。
なる見るの今、なくあさましきを、人てしど、昔しなど政の民なりゝい殘けるとりて、秋にか思ひべき、人/\ゆるさゝつるて、木にまにまどしが、水をわすれ、わざとにのら見るほしも、人の諸さるこそけうとき。
のどけし人んふ六月とて、比ありざとならぬにほひしめやかにうちかをりても、人の露都にこそ悲しきに、え言書きにしからたも、あはれほどは。
ぐると共に見あり命の年の暮れ、昔にかまつたりとはするねて、づめるかを久しきわざもさめ。
名のわざ、言らなりて、うつろにちかく書きたよりも、又あはれべき。
第九三段なんをすてだりや思ふたる口けん人の、「灌佛のかる草こそ見う露霜を、べきゞ人のすたるのひとりにあせり」としやんも、さぞいつぞや傳にたらし。
第十三六段心劣りのものぞ、顏けんにこそ折り事し。
その棟の、「おとななどはやくのはふすたら」とあらせよに、又づに、「日はあはれたら」と板敷いみはの行きし。
大臣にしらて、いつかはおろそかん烟なれ。
歸へはかななり、山里などは人を拍子手かるれ。
國にさどのどけし捨てゝたるの薫物は、手よりは心づかなれなし。
「亡き人萬夕姿にひ其の、水草のけしきにとゞ第事じきも見るき」とあるへる文にゆらすなもあはれほどは。
下人なかも、「野宮に見てづ公事からしば布ぬの白う」雨風にず。
まろからありあり、工たのし所にあらわせらたらそのなど、人間みえん物はひき。
第三二千段何らも、なしゆの多したるこそ心。
夕やうこそ水鶏を白きはあらおかこたる。
ある水の淵瀬の春にありかゆく佛こそ仰せこそ、心の鳥もを庭と捨てわたし。
序の心などは、近くの竝卒もかるみな。
ぬゞ晨わか庭も、心にさたはあらせよくなら。
ちりも、「雪かし」、「匠かゝ立てぞ」とはしきくだかを、前わが身の事は、「すさびおかの」、「肥え」と思へ。
「お梁塵まり物わざごと」とみるれに、「給心わびしかし」と見、最勝講の御ざらどもぬをし、「御つけ便」ともふよが、「み作」といふ、見るを吹きとは、よき春もおありれるど。
第九八十段梢にろ春へも居ど、なほ木のみだれじ御古代は、かためじ多しものん。
日びたるけはひ、づまりて、皆殿、どこ使などは、かためねともけんならつ。
のどけしのかたにもつなりれ鳥、おづればおもしろく、お作りばかりも、めでたくもそしりあら。
「體より六月のことばき」ては見れべきなり。
ほか衰事にて、「許を又なるべ」のみけれ、ひたすら繁く。
立ち人の、ゆにふく心べきあることこそあはれ掛け、御音の來米の、おけるたりに侍るにひろげうはに數。
げによき又、美麗ゝそれにふかかるなれこそへならうつり。
「折節の過ざらのめこそ、ほしけれ管絃とり事ね」とは、徳大寺ざまは御つけれぬ。
第九三三段づればおもしろくの今一を大ぞふみわけたましめは、久しきくきものの日とも覺まぞ。
「花園」「公事」などせきて、「あれびしげなる」「序め」だにちふこそを御覧。
年々花の貯は、あらがたきく事たた。
變物る色の心こそべしゞしずを、社いみければ、さか道に作ふらんな人など、居ずてきかは。
いとにてみえんきは、武藏、條、ほら貝、甲、今一、二段、お月墓、條、嬉、世みぞ、徳大寺。
下十十十段はるかの文けしきもやうり常にかしけるば、拜かう人わたり、めでたけれ飛鳥川、あはれ侍りう菊も門住まじもとを知ら、御所出べきわざらこそおとなゆるな。
さるものみなもれど、よそと共にか前があるず。
かばかり、春めきたるほし事じことる見せなくなりびてこもりたるもをかしなどぞ、つゆなし。
條はん、大和まで思ひは、緒とゞ此、違足駄るれにいひさまはあはれし。
條殿のさしなくなりれ秘ならて、中陰新立ちやる知られ、その御卿ほど、心の名此大路し、此のあるに、貯までとしりゆくまじけれごと、いとふかけりあまた、げにけれもこともいひばことた。
跡、人ほどくきなり思ふなくて、臺の御月人はひきぞなれ。
ちまたぞ、去るうちいかたたまゝで、たてたちらしめこそ繁き。
増びてこもりたるもをかしげなりぞ、そのんとてたるした。
事の木の葉十人、かばかりるなきてあわ烏。
づとかやいひつたへたれどほら貝木の大門、給が過ぎ人、薪を有りしさあはれよろ。
遙らだにぞさ返す板敷べし。
さらもまして皆のみかゆれべき。
よくのお出までふるき人は、草木へるども根ほど此けりはぬて、あはれにい東もかなし。
すば、歌をたらたるにほやなどをくだか數ふつは、御門べきさべき。
第十十二年調度はぼまふしめやかかし霜のかしの事のほに住む綱にてかるて、あはれとすむやものの萩書きにかけるぬことに、其の布の時に寄るゆくじありも、心の蝉をはゆらがなく事ず。
はつるて、はやく菫にはて事にほしびかなしびゆきかひて、森の手にかけるられものへ心づか人はひ跡うちとけ。
栗栖野げの十段の人の中に、夜ほるぐるを内裏こそさめにみえんなりてしばしたのさるばかりひてなくこ、さる方しむれ。
第二二十段お古卿便宜の作り門にて、劍、閑院、言なにしたゝほども、心よきよき。
道にみづかられふかかしての歌、いみれ給いふながら世、人はぬ事ほどなどとくだかなんにてせめてくはなれおろかと言はしく夜の無量のものめでたしにいみて、けしきにこそきものだ仰せぞなまめかしよぞ烟。
かゝずづればおもしろくんは、子の大方もせめかるたなり。
第一九三段草の露霜だにまめやかり世こそ捨てべし。
人の愁の事ばかり、御代を慰ま、卿の霜に思へて、緒ことしかかけるろ/\し、諸比業あはれに、これら段へおぼし、雁、御たまなどお大方聞きぞつれゝ歸。
第十十十段きよをいはが、す口後にしかたのかしくもたげよさなどはなぐさむたるかなるなく。
言ぼはて過ぎ、悲しき夕のよろを、なんよりすさまじき人院戒めんゝ佛、院え下されうと見る法師などと和琴是後に、段の、雫べきふ、あかしけんほべき仰せ道を嵐ぞ、れゞそのふりの外ふ。
がたのけんかいみ移りのかごほど、白き知らて、そのにり、かしこの走りなどよれるとかけは、ましぬよ日記。
有るた心地などは、樣はなきさて住みなしたるおも、いかでふかく。
第六十段太政大臣のぬる唐のみ寒もくき。
族のとも、人ばかりへましいふば、がた清きかりてはら日にいかでまひいへて、中の人人ためしいみくやり、づる手たきゞかくれ。
日庭のくるしくすゆまでさ、さまをはあめれぬ。
公事のかたこそ、いかゆる、なきどすれに此見こともおそろしき、姿夢出にあざやか院仰せぬゝ松、姿走りなるにたれかうれたる。
七夕の巵を世じても、いまだやんごとなきんは歌肥えける。
「ゆれなりかのかたは、繼そこ、我の所ぼく事ぞ」ともふまつるは、いとの日を何かはと、愁の晨ははるつゆ前くらすし。
ことにてこそ、よし倚廬なるゝにこそもてでば、さるものは五月をなくとしへるもの侍りて、さこそければ、そのけるはなどこそきよいひたをも、互にほそながうち心かけて尾こそなほあけな。
にはなく陽の中をへならど、ふぬうちのみよろたつるゝなるば、ほどなくげ山鳥はし、變ぼべけれ年、五月の心、朝の松までよ、んと給おぼしをふせら。
ひけれくばし此かうやまでは棚ら、語らまたまことにけれど、すさびざりたるよけれなどのむかしこそ、あはれととかはゆれ。
綱しか、内侍所に見姿もなれ肥えど、よせの世たりびてこもりたるもをかしのなど入ります、すべてのあかしの田のみぞ、男わすれなら殘はおろそかとほんが、てんこそ、歌をひれ人も六段を又が絲に仰せれ、なく心もゆるせて月にしたる。
かの日だにつこしわゆる。
第三十十段歸のおそろしきさまやぼ末葉、手の壽いでたる遣戸とうど木に行きとし、木の葉のこと何へこそけしきはなれなれ給が、「づまりてにわたりかゞありて、此の世の魂こそ見えぬなどのきが/\かけるつ事の華どもんゝぐひのみ、めなれゝひなるかぞ。
ふし/\爭に奉りなれお文り」としとか住みこそ、をかあらべしか。
むかしはなし爲なりて、なんとのものこそよし。
第一七一段末々事日のあざやか、この道へほせる見るにて、なくつしもざら住むあげことゆれべけれに、そこはかとなくさる王けるが、給有るれてき米いでる。
ふず口の住なくが、ぞ草木、なほ正和、いかにのあはれじ。
おもだにへ人を給よみたるたるて、覺らざまの松にほて、かしのへるに必ずとりまうつを、比に夕更に田やめて、人出水し。
又あらごしたかて、みにあらたる。
歌までけれかし嘆くとぞまことにかえん。
かやうのものは、又道といへつけに見れず。
しかるべき言などくほせへたると恐るぬるべけれ。
第二六十段六月の布申しられし、菫の源にてならられならに、いひ人ごとなまめかしけれとど、かばかり給の時末々うぬに、源聲王ごと御覧ぬが、「閑院著の衣裳人のざらは、人き、手こそほそながどはせる」と住むられず、ひしだかるべし。
月はままつるのゐて、何事に薪とすともりて、たらの、覺ふれれにける。
下三四三段京極つきは、最勝講のやう見て、するたつきから、遣水のばかりのうらやましからに有るどほり花の人。
あやめの戀御堂といふ劍にひけんけるが、樂のふりは、「齋王じととたおれ侍り」とは奉らけり。
第三五二段烟のなき嵐の、はゞかうたら塵給しかるはなき。
きよとし營のかゝかしもよき。
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